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あの技術をたった一人で開発したエンジニア 1997年 中途入社 電装技術部 第2設計室 第2電子設計グループ プロジェクトマネージャー 奥村 友祐

たった一人でスタートした部署。
今では15名に増員して私が責任者を任されています。

以前は自動車メーカーの生産ラインを設計する仕事をしていましたが、クルマそのものを設計する仕事に携わりたくなりました。身近な製品として、自分の仕事の成果を実感できるモノづくりがしたいと思っていた私にとって、クルマは最高の製品だったんです。ただ当時は、前職ですでに重要なポジションを任されていて、それなりにやりがいもあっただけに、転職して良いものか迷いました。しかし日本テクシードについて調べていくうちに、大手メーカーでの開発実績や高度な技術が身につく教育制度に魅力を感じ、転職を決意。面接でアットホームな雰囲気だったことも背中を後押ししてくれました。
入社後はすぐに自動車部品メーカーに配属され、スマートキーの開発を担当。当時は私一人に仕事が任されており、とても責任あるポジションでした。現在も同じくスマートキーの開発を担当していますが、メンバーは15名に増え、全員が日本テクシードのエンジニアです。私は、彼らをまとめてプロジェクト全体を管理する責任者を任されています。さらにボデー系ECUの開発などを手がける他部署の管理も兼任してます。

カーライフを大きく変える仕事。

電波を発信するスマートキーの設計では、電波の影響を考慮して設計する必要があります。たとえば人が手に持っただけで電波が阻害されますし、どのような使用環境でも電波が影響を受けにくい仕様にしなければいけません。実際にスマートキーは、発売当初から進化が続いており、電波の感度が良くなったり、障害物に対して強くなっています。その改良に携わってきたのが、実は日本テクシードのエンジニアなんです。
私は現在のように、ここまでスマートキーが浸透するとは思いませんでした。今ではカーライフのスタイルを変えて、新しいスタンダードにまで上りつめたスマートキーを自分の手でつくりあげている喜びを実感しています。

大きなスケールの舞台で経験を積めば、
スケールの大きな未来が待っています。

現在はグループの責任者として、各チームのリーダーと協議しながらエンジニアの教育を充実させることに注力しています。より責任あるポジションを早期から任せて成長を促しているほか、海外とのやりとりに必要な英語力を身につけるためにTOEICの受験を呼びかけるなど、エンジニアの向上心を高める取り組みを実施しています。
私は日本テクシードに入社したことで、大手メーカーと取引がある、大きな会社ならではの醍醐味を味わいました。スケールが大きなモノづくりの現場で、大勢のメンバーのマネジメントを経験し、成長することができたと自負しています。私のように、メンバーたちにもより大きなスケールで、より大きな裁量で活躍してほしいですね。

このコンテンツは、統合以前の日本テクシード及びDRDの時代に取材・撮影した内容で、2017年3月現在の情報です。